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2012.11.08 2つの復興の街
本日は、道の駅みずなし本陣で起床。
一応、南島原市までやってきました。


テントから出てトイレに行く途中。。

ミイラ発見ヽ(´Д`ヽ)

その横に自転車。

その自転車に、静岡から日本一周とかいてある。


いろいろと、まぢか!

まずは静岡キタぁーーー。

そして、この寒い中、なんとテントなし野宿。

これは興味深い。

今日は早朝から、ヒルクライムでまゆやまロードを激走する予定ですが、
彼が起きるまで待つことにしました。



謎の日本一周ちゃりだー起床。

起床直後にインタビュー。


彼の名は本間さん。

ん?

この名前聞いたことあるぞ。

そうだ。
だれかのブログで
稚内のドームでテントとテントに挟まれ、テントなし野宿をしていた強者
本間さんだ。

その画像のインパクトが強く、鮮明に頭に残っていたので、本人にあえて、ちょっとうれしい。

いろいろ質問させていただいたが、静岡大学生で、佐藤選手同様、
大学を一年休学してチャリで日本一周してるんだって†ヽ(゚ロ゚;)

行き先が同じ方向なので、またどこかで会うでしょうと言い、一時別れる。


俺は、ここの道の駅に保存されている、平成三年に起きた雲仙噴火による
火砕流でうもれた民家の見学をしてから出発。
火砕流

火砕流②

幸いにも、災害当時、ここらには避難指示が出され、被害者はいなかったが、
火砕流より、当時の噴火の面影を、身をもって体感できる。

雲仙

雲仙からは、火砕流が街のほうに流れ落ちる様子も確認できる。

つまり、この町は、俺と同い年なんだな。
20年もあればここまで復興できるのか。

天草光
なんか、天草だけ光っとる(゜ロ゜)
なんだか不思議なところだ。

ちょっと予定よりも遅れたけど、
まゆやまロードへ。。

まゆやまへ?


どっからはいるんだ?

わからず、さまよう。

うーーん。

なんか佐藤選手名物、雨も降ってきたからまた今度行こう!



というわけで、島原見物。
島原城
島原城です。
立派だ。


そして長崎方面へ走り始める。

前方にチャリダー発見。
うん。本間選手ですね。

ペースも俺と同じくらいだし、尾行して旅スタイルを探ろう。


15kmくらい尾行しましたが途中でコンビニに入ったから、声をかけよう。



その後はなんだかんだ一緒に行動。
後ろにつかせていただく。
before

30分後。
af

さてあなたは気づいただろうか。

そうです。

本間選手の自転車のキャリアがなくなったとです(*゚0゚)ハッ



俺の前を走っていた本間選手。
ある横断歩道を渡ろうとしたら、

ぱきっ

折れちゃったL(´▽`L )♪


でも、まったく動揺しない本間さん。

「このタイミングできたかぁ」

と冷静な分析。

さすがは天下の静大生や!


まぁこれからどーするか考える。
2秒後、
ヒッチハイクを始める本間さん。

切り替え、早っ(||゚Д゚)

まぁさすがに成功しないわけで、
5秒後、作戦変更。
大胆に荷物を自宅へ郵送。。

本間選手はあと九州を後にして、静岡まで一直線に帰るだけ。
だから、必要最低限のものだけリュックに入れて、
あとは段ボールに入れて、コンビニへ。
寝袋手放す
テント、着替え、雑貨、寝袋。。。

寝袋Σ(゜ロ゜;)!!
まてまて。
まず、テントあったのかーい!。
昨日のミイラは何故故か\(゜□゜*)/

そして、前代未聞のテント寝袋なし旅人、ここに発生す。

もしかしたら、テントとテントに挟まれる、素の本間さんがみられる日も近いかもわからん!


なんとかアクシデントを乗り越え、
長崎到着。
長崎

到着するや
長崎チャンポン 大波止 桃華園
これです。
大波止 桃華園
老舗です。

こしょうが効いていたが、さすがはご当地だけある。
スープのこく、味、麺と多くの野菜が何とも言えん。

しかも、
本間さんがおごってくれたぜ(」゜ロ゜)」
ごちそう様です。


そのあとは、原子力爆弾記念館へ。
長崎 原爆記念館


あれ。
ここは本当に原爆記念館(*´д`)?? か。
輪投げ
輪投げ大会勃発ヽ( ´¬`)ノ

でもこれがまた楽しいのです。

実はここは原爆記念館の隣の施設、長崎風土資料館てきなところだった。

長崎の歴史と、人々の暮らしが、展示でわかりやすく説明されておる。

ご存じのとおり、長崎は江戸時代にも唯一外国と付き合っていた場所であります。
それ故に、南蛮の新しい文化や、怪しい文化まですべてが長崎を通じて日本に入ってくるわけです。
いわば、日本の情報発信地。

このことを象徴する話として、お茶の話というものがありました。
電波通信技術が初めて日本に入ったのは、もちろん長崎。
外国と電波で通信できるように、長崎にもその整備がされました。
そのため、お茶の注文は上海から電波で一瞬で長崎に伝わったようですが、
日本国内には、まだ電波通信なんて技術はありません。
よって、お茶の生産地へ注文が入るのが一週間後というありさま。
はるか外国からのメッセージは一秒で届くのに、日本国内の情報伝達の遅さが際立つストーリーだ。

というわけで、江戸時代から長崎の街並み、生活は、他の日本の都市とは一風変わったものだったんですね。


今度こそは、原爆資料館へ。

そこには、原爆のむごさを無言で語りかける展示物が。

熱、爆風によってへしまがった鉄柱、
どろどろに溶けたロザリオ
焦げて硬直した真っ黒に炭化した屍
ひからびた弁当

まるで、この世の終わりかと思えるような風景がそこには広がっていました。

こればっかりは言葉になりませんが、、、

ただただ心が痛みます。


二度と同じあやまちを繰り返してはならない。
そして、
今、自分たちが何気なく生活している、平和に暮らしていける背景には、
過去にこのような事実があったからだということを忘れてはいけないと思います。

今、自分が何からの脅威もなく、当たり前のように生きて、旅ができるのは、本当に幸せなんですね。



展示の中で、元アメリカ軍の幹部がこう話していた。

「原爆は日本の多くの命を一瞬で奪ったが、その一瞬でより多くの日本、アメリカの命を助けることができた。」
「原爆投下は日本の早期降伏には妥当な攻撃だった」
と。

正論かもしれないが、日本国民としてはやるせない思いだ。





日本国民なら是非とも行ってみてください。


ファットマン
ファットマン。
修学旅行シーズン?で小学生、高校生がたくさんいた。
小学生は目を光らせ必至でメモを取っていたが、高校生は他人事で無関心な態度の人が多く見られた。

そんなんでいいのか、若者よ(ノД`)
これからの日本が心配だ。


六本のゔぃん
熱風によって溶け、6本のビンが合体した様子。



その後はちゃんぽん夜の部でございます。
中華街へ。
中華街

江山楼本店へ
江山楼本店
極上ちゃんぽん。
1500円もしたぜ。。。。

ただ、味はそれに見合っていたからよしΣd(´∀`)


中華街ほど梯子しやすい場所はない。
会楽園
会楽園の皿うどんや。
甘めの味付け。


この他にも、自宅にカステラ三本のお土産買ったり、本間さんのリュック選びしたり、
なんだか修学旅行気分だぜ。


もちろん、夜景は欠かせない。
長崎夜景
函館同様、100万ドルの夜景と称されるが、
個人的には函館のほうがインパクトがあったな。
長崎はパノラマって感じで、光が散りばめられている。
よって、ノーマルレンズと佐藤選手の腕ではこれが限界。


明日は、
軍艦島に行きたいです。
では。
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