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時は、昨日の夜、ブログ更新後、

ぷらっと、外に出てみたら、星が出ていました。

何となく眺めていたら、


上から下へ、右から左へ、
光が高速移動してるε≡≡ヘ( ´Д`)ノ

UFOか!

北の人工衛星か!

いいや、タケちゃんマンか!


それとも……


流れ星ですね('∀`)


どうやら昨日は、ふたご座流星群だったようで、流れ星の流れ放題状態。

もってけ泥棒( ;゚Д゚)y─的なノリで次から次へと、流れてゆく星たち。


数十分眺めて、20個くらい、流れ星見れました。


与那国島って、凄いね。

日本の端は、星が美しいことがわかりました。


こんなに、のんびりと夜空を眺められるのもあと、少しなんだと思うと帰りたくなくなりますが、

その反面、もうそろそろ、故郷に帰りたくなってきた頃頃です。


これ以上旅しても、行くところ限られてるし、日本って今、冬だからね( ´∀`)


ちなみに、今日なんか、与那国島は25度以上あったようですね。

長袖じゃあ、かなり暑いです。

12月で半袖気候の南の島から、極寒の本州に帰るのが怖くなってきましたわ。





今日は、与那国島の後半戦とゆー事で、東の方に攻め入りました。

天気は晴れヽ(´ー`)ノ

もはや、雨予報の天気予報なんて、あてにする方が馬鹿みたいな、最近の沖縄です。




東の方は、何というか、とにかく大自然だね。

まさに、端って感じ。

説明する事もないので、
とりあえず、写真を御覧下さい。



まずは、与那国島最東端の東崎です。
東崎

東崎灯台

東崎。


道です。
東崎道一


東崎道②

東崎道③


展望台からの風景です。
展望台一

展望台②


立神岩です。
神立岩


道です。
与那国道


何となく、ジャングルに突入です。
与那国ジャングル


ジャングルを抜けると、展望台がありました。
ジャングル展望台


道です。
与那国道に


ナンタ浜です。
ナンタ浜

ナンタ浜に

ナンタ浜③

携帯写真では、なかなか伝わらないのですが、

この透明度、

そして、海の青色!

(*´Д`)

俺の中では、沖縄No.1かもです。

気になる方は、与那国島へgoε≡≡ヘ( ´Д`)ノ



こうして、午前中終了。


午後は?

堕落した佐藤選手ですが、今日は、実質的に与那国島最終日。
頑張ります。


頑張るとは言っても、どこに行くべ( ´∀`)?


そーだ!

京都に行こう。

的なノリで、民俗資料館へ再入館。


ここには、90歳のお祖母ちゃんがいらっしゃって、

一分前に、その話聞いたよ:(;゙゚'ω゚'):!

みたいに、
同じ事を何度も繰り返し語りかけてくる事は、
前記事でご紹介のとおりです。

簡単に言えば、ボケてますが、
こっちから質問すれば、その内容については的確に答えてくれますが、

いつからか、また、聞いたことのあるお話へと導かれているのです。


はっきり言って、俺は、お祖母ちゃんのリハビリをしている気分になりましたが、

知りたかった戦時中、戦後の与那国島について聞けたのが、今日の収穫です。


結果から言うと、与那国島は戦時中も、戦後も特に、生活レベルの変化はなく、食べ物には、全く困らなかったとのこと。

お祖母ちゃんは、戦争は恐ろしくて二度とやりたくないとも言っていましたが、
本人は、戦時中を生きたという自覚はなかったらしいですね。

ただ、まったくというのは嘘で、

山頂の通信基地だけは空爆を受け、本州に向かう米軍の飛行機が何度も上空を飛んでいった記憶は、お祖母ちゃんの頭にも残っていたようです。

もちろん、若い男は徴兵され、働き手不足にもなったようです。



こーして、話を聞くと、戦時中、日本で一番住みよいところと思うかもですが、


戦後、日本が復興し、経済、暮らしが豊かになる一方で、
与那国島は衰退の一途をたどったようです。


戦前は台湾との公益もあり、貿易の拠点としても、漁業の拠点としても
かなり栄えていた与那国島。

その暮らしは、那覇よりも良く、着るものも上等な和服なんかを着れたということで、
周りの島からは、羨ましいがられていたようです。

街も、沖縄の小京都のように栄えたとも言われています。


しかし、戦後になると、その環境は一変。

台湾との貿易はなくなり、漁獲量の減少によって、漁師が減り、
島にあった、鰹節工場は潰れ、ドンドンと人が少なくなっていきました。


今も、この島には高校がないので、子供ができたら移住というのが、一つの流れとなっているようです。

だから、滅多に若者の姿は目にすることはできません。


これは、他の島も一緒だが。。



この他にも、与那国島の生活様式なんかも詳しく教えていただき、

お祖母ちゃん五回くらい、さよならと言って、別れ、午後の部も終了。



今夜は、与那国島最後の晩餐。
島豆腐
食材はこいつ。

無類の豆腐好きの佐藤選手には、興味のある食材です。




ゲストハウスの、ドミトリーの部屋には、一人、来客があり、今日は、相部屋です。
原付きで日本一周している島根さんという方です。
pc環境あるところでリンク張るので宜しくお願いします。




明日は、石垣島に戻ります。
船があったら、波照間島に行きたいが、どーでしょうかね。

まずは、ゲロ船が時間通りに、石垣島に到着してくれることを願います。


では。

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